特集コラム

下澤教授の フェアトレードの現状と展望

第5回 「広がるフェアトレード・ラベル商品と未来」

ハンディ・クラフトから第一次産品業へ

 収入を得る機会の少ない途上国の女性たちのためにNGOがハンディ・クラフト(手工芸品)プロジェクトを立ち上げ、その製品を自国で販売し始めたのがフェアトレード運動のはじまりと言われている。最初の事例は1946年、アメリカのMCC(メノナイト中央委員会)というキリスト教系NGOだ。1950年代に英国NGO・オクスファムが、中古品とあわせてハンディ・クラフト商品を売るオクスファム・ショップを全国展開し、フェアトレード活動が徐々に知られるようになっていった。

1980年代になると、フェアトレード活動は既存の第一次産業の課題とシンクロして発展する。その代表的な例がコーヒー産業だった。コーヒーは欧米企業が途上国社会から安い価格でコーヒー豆を仕入れ、加工し、大量に販売されている。価格競争も激しく、生産地では危険な農薬使用、安い賃金、長時間労働、児童労働の黙認など、生産者に重圧がかかる状態が続いてきた。また、市場価格が暴落すると失業者を大量に発生させるといった悪循環がつきまとっていた。そこで、コーヒー生産者の立場を守ろうと、独自の製品を販売するNGOが生まれ、フェアトレード運動が展開されるようになっていった。フェアトレード商品はその後、砂糖、カカオ、ワイン、香辛料、バナナと広がり続けている。

ラベル・システムの誕生

 1980年代後半には、商品のパッケージにフェアトレードとわかるラベルをつける運動がヨーロッパで広がり始めた。次第にラベルの種類も増え、混乱とデメリットを避けるため、複数のフェアトレードラベル組織によって「国際フェアトレードラベル機構」が1997年に設立された。2002年にはこの組織によって世界統一の認証ラベル制度が完成した。日本でも1993年に「トランスフェアジャパン」が設立され、2004年には団体名を「フェアトレード・ラベル・ジャパン」に変更し、日本のフェアトレード・ラベル商品(以下、ラベル商品)の認証手続きを行なっている。

イギリスでは4,000以上のラベル商品が認証を得ているといわれるが、日本では現在約40団体、300以上の商品が認証されている。

統一されたフェアトレード・ラベル 統一されたフェアトレード・ラベル
イギリスの流通店に並ぶフェアトレード商品 イギリスの流通店に並ぶフェアトレード商品
ラベル商品の広がり
はままつフェアトレードマップ(クリックして拡大) はままつフェアトレードマップ(クリックして拡大)

6年前に筆者が行った静岡県のフェアトレードショップの調査では、調査対象店舗数は県全体で49店舗、浜松は3店舗だけだった。この時はラベル商品の流通はまだ限られていると思い込み、調査対象にしていなかった。その後浜松市内の大型流通店やコーヒーチェーン店でラベル商品をおりおり見つけるようになり、2015年度はラベル商品を扱う店舗を加えて再度調査してみた。一品でもラベル商品がある店舗を数えたところ、浜松市内に合計107店舗もあることがわかった。これらをわかりやすくマップにしてみたので、参考にご覧いただければと思う。

浜松の流通店にならぶフェアトレードのチョコレート 浜松の流通店にならぶフェアトレードのチョコレート

もちろん107店舗の中には、直接生産者とつながり、公正な貿易を独自に展開している店舗、フェアトレードの砂糖、調味料でつくったスィーツを売る店舗など、ラベル認定は受けていないけれど、オリジナルなフェアトレード活動を展開する専門店が含まれているが、10数店舗と限られている。これまでのフェアトレード商品は特定の専門店だけという認識であったが、自分の家から歩いて10分、20分のところにもフェアトレード商品があるという実態がはっきりわかってきた。

ラベル商品から見えるもの

特殊な専門店か通販でないと買えなかったフェアトレード商品が、近くの店舗で手に入るようになったことは実に大きな変化である。前回紹介したイギリスのような状況が日本の地域社会にも生まれていることになる。

今回の調査からわかったラベル商品には、ひとつ特徴がある。商品がコーヒー、チョコレートの2種類に偏っていることだ。バナナ、ワイン、化粧品といった商品も中にはみられるが、限られている。日本で認証されているラベル商品には、コーヒー、チョコレート以外にも、紅茶、ココア、砂糖、スパイス、ハーブ、加工果物、オイル、切花、コットン製品などもあるが、これらはまだ大型流通店には置かれていない。つまり商品種類の拡大はまだこれからだということだ。

企業側の姿勢も様々

浜松市でラベル商品を紹介する店舗マップを作成し、市民に配布したいと店舗の責任者に今回問いかけてみた。浜松の店舗では判断が難しいので本社に問い合わせるようにと、どの店舗からも言われた。東京本社の強い指導のもとにラベル商品が管理されているようだ。合計13社の大手企業にフェアトレード商品のマップ掲載依頼を問い合わせてみた。企業側の反応はおおまかに以下の3つに分けられた。

タイプ(1) 8社
あまりない問い合わせなので少し戸惑いがあるが、内部で検討したいと一度保留。数日後「よろしくお願いします」といった慎重な企業。

タイプ(2) 4社
フェアトレードに一度取り組んだが、いろいろと社内で方針変更があり、今後はフェアトレードを強調した商品販売はしないといったフェアトレード撤退型の企業。

タイプ(3) 1社
「え、そうなんですか?」とフェアトレード商品があることを自覚していなかった企業。結果的に数日後に「掲載よろしくお願いします」と回答した企業。

浜松市のフェアトレード専門店を訪ねる学生たち 浜松市のフェアトレード専門店を訪ねる学生たち

タイプ(1)は、フェアトレード商品の広報が本社の強い関与とコントロールのもとにあるからだろうと思われる。ただ、タイプ(2)が意外と多いことも、企業のフェアトレードに対する姿勢がまた多様であることを感じさせるものだった。

規模の大きい流通店や食品製造販売企業は、フェアトレード商品を一部取り入れることで企業イメージの改善を図ってきたと言える。ラベル認証制度が導入され、その数は急増している。しかし、多くはCSR戦略としてトップダウンで始まり、支店レベルではフェアトレードの重要性は十分浸透していないのではないか。これではいくらラベル商品を増やしても消費者はなかなかその存在に気づかず、フェアトレードの現場の情報と意義を伝えるメッセージ力も十分でない。これからはラベル商品を増やすことばかりに気を奪われるのではなく、販売店舗でどうフェアトレードのメッセージを伝えるか、また地域のフェアトレード専門店とともに協働できるかが問われるのではないだろうか。

フェアトレード専門店と大手企業のコラボレーション
ハロー!はままつフェアトレードDAY 2016 ハロー!はままつフェアトレードDAY 2016

2月27日、28日に「ハロー!はままつフェアトレードDAY 2016」が、イオンモール浜松志都呂で開催された。このイベントは、イオンモール株式会社の協力で、イオンモールのイベントスペースが二日間無料提供されたことがきっかけで企画された。はままつフェアトレードタウン・ネットワークという市民の実行委員会が組織された。当日の出店は合計で11団体になり、商品の販売とフェアトレードのメッセージを伝える貴重な場となった。当日はたくさんの買い物客が立ち寄り、「フェアトレードってなに?」といった会話が会場のあちこちで交わされた。

11団体のほとんどは、浜松市を中心にフェアトレード商品を扱ってきた、いわゆる老舗の専門店だ。しかし、2団体は全国的に有名な大手企業だった。 そのうち一つの企業に「今回出店された理由は何ですか?」と会場で尋ねたところ、「このイベントで利益を出すことが目的ではなく、地域のフェアトレード団体と一緒にいること、交流することが目的です」という新鮮な返事だった。

形だけのフェアトレードでは、企業のフェアトレード活動が社会に認知されることは難しく、長く活動を続けてきたフェアトレード専門店との距離は縮まらない。地域の市民団体や専門店と付き合っていく姿勢、フェアトレードのメッセージを伝えていく姿勢が今問われ始めているのではないだろうか。こうしたイベントが大手企業とフェアトレード専門店の新たなコラボレーションの場になっていくことを期待したい。