フェアトレードタウン運動の本場イギリス
フェアトレード運動の先進地区はやはりイギリスだ。
1950年代にイギリスのNGOが始めたオックスファム・ショップの存在が、フェアトレード運動に与えた影響は大きかった。すでに700近い店舗がイギリス全土に展開され、寄付で集まった中古品と並んで今でも多くのフェアトレード商品が販売されている。イギリスの人でオックスファム・ショップを知らない人はいないだろう。
最近では、フェアトレードタウン運動の成長が目覚しい。フェアトレードタウン運動は2001年のイギリスの北西ランカシャー・シャイアカウンティの人口約4千人の町ガースタン(Garstang)で始まった運動である。問題意識を持った市民が、できるだけ町の商品をフェアトレード商品に変えるように努力した結果、フェアトレード商品が70%を超えるまでになった。そして、西アフリカのココア農場と独自契約まで結ぶ運動に発展させたのである。これが評判となり、こうした町を増やすためフェアトレード財団がフェアトレードタウンの基準と活動ガイドラインを作成し、運動を世界中に推奨した。その後この運動は世界26カ国に広がり、1,700以上の自治体がフェアトレードタウンとして認証されている。日本では、2011年4月にフェアトレードタウン運動を推進、認定する団体として「一般社団法人日本フェアトレード・フォーラム」が設立され、2011年6月には熊本市が日本初、アジア初のフェアトレードタウンとして認定された。次いで2015年9月には名古屋市がフェアトレードタウン認定を受けている。
フェアトレード大学運動とは
こうした流れに続き、フェアトレード大学運動も始まっている。これは、イギリス、オックスフォード・ブルッケス大学が大学内の商品、購入品をできるだけフェアトレード商品に置き換え、フェアトレード関連イベントを毎年主催した結果、2003年に世界で最初にフェアトレード大学に認定された。これがこの運動の始まりである。その後、イギリスでは170近い大学が認定を得ている。フェアトレードタウン運動とフェアトレード大学運動は互いに似た基準で運用されており、地域のフェアトレード運動としては兄弟関係と言ってもいいだろう。
日本でも上記の日本フェアトレード・フォーラムが2015年にフェアトレード大学認定システムを制定したが、まだ正式な認定を受けた大学はない。
ケンブリッジのフェアトレード運動の経緯


2015年夏、イギリスのフェアトレードタウンであるケンブリッジ市、バーミンガム市を訪ねた。市民がどう運動を展開しているのか身近に学ぶ機会になった。
ケンブリッジ市は13世紀に生まれた大学都市で、人口は約12万人。大学の建物が町の中にぎっしりつまっている小さな街である。この街は2004年にフェアトレードタウンの認定を受けている。その運動がどのように展開されていったのか、街のフェアトレードタウン・グループの方々にお会いして、お話をお聞きできた。
ケンブリッジ市内では、認定を受ける前から一部の店舗や市民の間でフェアトレードの活動がすでに広がっていた。全国でフェアトレードタウン認定を受ける市町村が増えるにしたがって、フェアトレードに関心の高い市民の間で「自分たちも認定を受けるよう準備しよう」という声があがるようになった。
さっそくケンブリッジ・フェアトレードタウン・グループが2001年に市民によって組織され、市内のフェアトレード商品と店舗の調査、シンポジウムの開催、フェアトレード・イベントの開催を続けていった。
メンバーの一人でもある市議会議員のアマンダ・テイラー氏は、「こうした市民運動は市長からの提案というより、市議会議員の方が向いている。」という。市長は票を集めるためにわかりやすい公約を掲げるが、フェアトレードタウン運動のような草の根の活動に手を出すことは少ないと言う。フェアトレードタウン・グループは市議会ホールの1階のカフェをフェアトレードカフェに変えることに成功し、2004年に市議会のフェアトレード宣言をとうとう承認させた。市の予算は?と尋ねると、「特に予算があるわけでなく、すべて市民の自主的な活動です。
流通がある場所なら、フェアトレード商品に変えるだけですから。」と、運動は意識変革が中心だとメンバーたちは強調した。
ケンブリッジ大学も学生自治会が中心となって学内にフェアトレード商品をとり入れるようになり、2007年にはフェアトレード大学の認定を得た。「学生の活力は、フェアトレード運動を大きく活性化しました。特に毎年行うフェアトレード・イベントは大学生と共同で大きく飛躍しました」とアマンダさんは大学生の存在が大きいことを何度も強調した。お話を聞かせてもらった市議会ホールのカフェ。ここにもフェアトレード・コーヒーのメニューが置かれていた。
ケンブリッジの街中でフェアトレード商品を探してみた

イギリスではすでに4,000以上のラベル商品が流通しているという。フェアトレードラベル商品が実際にどのくらい身近にあるか観察しようとケンブリッジ市をゆっくり歩いてみた。
全国チェーン大手スーパーのセインスベリーにまず入ってみる。やはりラベルのついたコーヒー、紅茶、チョコレート、ワイン、バナナが、棚にずらり並んでいる。数にすれば20アイテムを超えていた。次に、小ぶりだが全国に店舗がある生協に入ってみる。やはり、コーヒー、紅茶、チョコレート、ワイン、砂糖。生花もあった。その数15種類くらい。大手企業のコーヒー、チョコレートなどの製品は価格も手ごろで流通力があるので、身近なお店に自然な形で置かれているのが実感できる。お客もフェアトレードラベルを意識している様子もなく、自然に商品を手に取っている。
次に、ちょっとこだわりのありそうなオーガニック専門店に入ってみた。お店の雰囲気はガラッと変わり、壁や棚には映画のチラシやNGOのパンフレットが並び、フェアトレード商品だけでなく、穀物や野菜のばら売りがあるかと思えば、オーガニックな素材でつくった化粧品なども置いてある。お店の人のメッセージが強く伝わってくる。小さな町であっても、フェアトレード商品を買うのになんの遜色もない。そんなところがイギリスのフェアトレード活動の浸透度の広さ、深さを実感させる。
バーミンガミム市とフェアトレード

続いてバーミンガム市を訪れた。人口229万人、ここはイギリスの工業都市として栄えてきた。名古屋市の人口に匹敵する大きさだ。ここではバーミンガム大学が2003年にフェアトレード大学の認定を得ている。その後2005年にはフェアトレードタウンの認定を得ており、ケンブリッジと同様に、市と大学の両方がフェアトレード活動の推進力となっている。
まず、大学を覗いてみた。広大な森に囲まれた敷地の中、大学はいくつtものカレッジに分かれている。学生自治会の建物の中に入ると売店やカフェがある。売店を除いてみるとフェアトレードラベルのコーヒーと紅茶がずらりと並んでいる。チョコレートもそうだ。カフェもコスタというフェアトレード・コーヒーを扱っている店舗が入っている。
食堂を覘いてみると、休み期間中なので学生はまばらだ。食堂が扱っている食材や生産地の情報がパネルにしっかり紹介されており、その中にフェアトレードラベルがある。こんな環境ならば、学生も教員も気持ちよく食事ができるだろうな、と思った。



バーミンガム市内でフェアトレードの拠点として長い活動歴をもつ、「トレードクラフト」というNGOのバーミンガム支部を訪ねた。街中の古い教会の中に販売拠点があった。この日ちょうどフェアトレードの展示販売イベントが開催されており、参加させてもらった。
開会が告げられ、本部からやってきたNGOスタッフがスライドで生産現場の説明をする。それが終わると販売会になった。教会中にコーヒー、紅茶、砂糖、石鹸、衣類、アクセサリーなど100種類を超える商品がならび、その中に中古の雑貨などもまじっている。コーヒーは全員に無料で一杯提供されている。販売する人はみなボランティアだ。会場ではフェアトレードのメッッセージやコミュニケーションが豊かにやりとりされ、賑わいがある。長年ここでリーダーをしていたジョアンさんは、20年以上こうした活動を続けている。「フェアトレードタウンの話がもちあがった時、いろいろな活動者が一同に会して話し合いました。特に市役所の持続可能な生活づくり担当者が熱心で、ここまでこられたの」と担当者の名前を紹介してくれた。

さっそくその足でバーミンガム市役所へ。持続可能な生活づくり担当のロレインさんとお話しすることができた。
「最初のきっかけは13年前です。環境負荷の少ない生活スタイルを考える場づくりを市民の人たちと議論していくうちに、フェアトレードが市民にとって取り組みやすいということになっていったのです。」最初は実績のある10名の関係者でフォーラムを立ち上げ、企業や大学関係者なども加えて15名の運営委員会に発展していった。ロンドンのフェアトレード団体の代表やニカラグアの生産者を招待してイベントをやり、市会議員の人たちと話し合いの場をもった。これが市長や議員への理解につながったと言う。大学も加わって毎年大きなフェアトレード・イベントを開催した。町の中にどのくらいフェアトレード商品があるかの調査もメンバーと一緒に実施し、とうとうフェアトレードタウンの認定までにこぎつけた。
「やはりフェアトレード運動をすでに展開していた市民の人たち、大学の協力があったのでここまでできたと思います。もちろんラベル商品が多くなったことも大きなインパクトになりました。今後はそうした流通店や企業の人たちの参加や協力の場を広げていくことが非常に重要だと考えています。」
私も浜松市のフェアトレードラベル商品を扱う店舗を2015年に調べたところ、総計で107もあることがわかった。日本のフェアトレードラベル商品は今180種類を超えたところだ。まだイギリスまでに届かないものの、その下地は整いつつある。イギリスでも浜松市でも同じことを感じたが、フェアトレードラベル商品の広がりは、商品へのアクセスを身近にしたと思う。反面、ラベル商品は生産者の声を伝える力を充分持っていない。古くからのフェアトレード推進団体とラベル商品を売る流通店の協働が今後大切になるだろう。