1. はじめに
静岡県立浜松北高等学校(以下、浜松北高)は、ほぼ100%の生徒が進学するそうです。進学の際には一人暮らしをすることになる生徒も多く、家庭科の授業においては、将来の生活に少しでも活かせるような授業ができればと思っているそうです。「答え」がある内容に取り組むのではなく、自ら考える授業を設定していきます。
たとえば、医者や研究・開発者を目指す生徒も多いので、それを踏まえ、生殖医療についても授業で考える機会を設けています。今後、卵子コーディネーターなど生殖医療はビジネスになる時代。儲けることが前提にならないよう、信念をもって行動ができ、消費者の目線を持った人になれるよう指導しているといいます。
「消費者教育」と冠して授業を行うと、どうしても生徒に興味を持ってもらいにくいため、日常の生活の事例に置き換えて授業を行うよう心がけているととのことです。
今回お話を伺ったのは、高校1年生の家庭科の授業における消費者教育に関する取り組みです。
2. 静岡県立浜松北高等学校における消費者教育の取り組み
(1)添加物だけで清涼飲料水を作る
↑授業で使用しているプリント(クリックして拡大できます)
「添加物だけで清涼飲料水を作る」という授業は、古くから家庭科の授業として存在している授業だそうです。単元は「炭水化物と食品」の中の「砂糖」の項目。授業時間数は、実験に1時間、材料費計算と検討に1時間という2時間です。授業の流れは下記の通りです。
- 人気のある嗜好飲料5製品の糖度測定を行い、1本中の砂糖量を計算する
- 添加物で清涼飲料水を作る。コップに水を100ml入れる→砂糖を入れる→クエン酸を入れる→エッセンスを入れる→食用色素を入れる→氷を入れて重曹を混ぜる
- 材料費を計算してみる。(1本あたり0円~数円)
- この清涼飲料水を売るための販売戦略を1班5人のグループで検討する
販売戦略を検討する中で、生徒はどうしたら原価がほとんどかからない商品を買ってくれるかを考えます。たとえば「おまけをつける」「売り歩く」など。
この授業を通して、お店で売られている商品に何が入っているのか、なぜこの価格で売られているのかなどを客観的かつ論理的に捉え、消費者として正しい選択ができる思考力を養うことができます。
なお、この授業における試験問題は、「炭酸飲料があります。あなたは飲みますか? それとも飲みませんか? もしくはカロリーゼロ飲料を飲むという選択をしますか?」という、消費行動におけるメリットデメリットを記入させる試験となっているそうです。
(2)「野菜ジュース」は「野菜」の替わりになるか
↑授業で使用しているプリント(クリックして拡大できます)
野菜ジュースのパッケージに記された原材料を見て、「野菜ジュース」が「野菜」の替わりになるかどうかを検討する授業です。この授業は「ビタミンと無機質」の単元で行っており、授業時間数は1時間です。
授業の流れは下記の通りです。
- 「野菜ジュース」が「野菜」の替わりになる理由とならない理由を記入する
- 野菜ジュースのパッケージに記された広告コピーなどの中から、野菜の栄養分を摂取できる旨の内容を記入する
- 食品群別摂取量のめやすを記載し、野菜と野菜ジュースの栄養素を書き出し、比率を計算する
- 「野菜ジュース」は「野菜」の替わりになるかの結論を自分の言葉で記入する
正解のある問題ではなく、数値を見た上で、自分はどう考えるかということに重点を置いています。これも消費行動において、客観的かつ論理的に物事を捉え、意思決定をしていくということを学ぶことができます。
(3)紙おむつについて考える
↑授業で使用しているプリント(クリックして拡大できます)
使用済み紙おむつのゴミは、今や年間300万トンと言われています。少子化の影響により、赤ちゃん用のオムツは減少傾向にありますが、介護の際に使用する大人用紙おむつは年々増加傾向にあります。使用済み紙おむつは、水分を含んでいるので燃やす際に焼却炉の温度が下がり、さらなる燃料の追加が必要になります。
これからの社会を担っていく生徒たちに、紙おむつによるゴミ問題も考えてもらえればとの思いから、紙おむつを使った吸水実験と、ゴミをどうしたら減らせるかを考える授業を行っています。
水を含んだ紙おむつに塩を加えると、水分を分離することが可能です。また、1か月陽にあてた紙おむつは、からからに乾き、ゴミの軽量化につながります。こういった実験を通して、紙おむつや環境問題について生徒自身で考える機会を設けているそうです。紙おむつを使用するという行動が環境に及ぼす影響を考え、それについて検討するという「消費者の責任」を学ぶのによい授業構成となっています。
※浜松北高では、「ともに自立できないものの支援」という形で保育と介護を同じ枠組みで扱っています。授業時間数は1時間と半分。授業の流れは下記の通りです。
- 紙おむつの歴史について知る
- 紙おむつの構造を学ぶ
- 紙おむつの吸水実感。紙おむつに50mlのぬるま湯(幼児1回分の尿に相当する水)を入れ、吸水の様子と表面の手触りを観察→さらに50mlのぬるま湯を計2回入れ、観察→ぬるま湯を吸水した紙おむつで手首から先を包み、5分間の着用感を確かめる→さらに水を計量しながら加え、吸水材の吸水具合を観察
- 紙おむつのさらなる進化を目指し、保育・介護する人、保育・介護される人、販売する人、環境面の4つの視点からグループに分かれて検討
- ゴミの軽量化について検討する。水を含ませた紙おむつに塩を加えてみる。また、同じく水を含ませた紙おむつを陽にあてながら1か月ほど放置してみる
3. まとめ
浜松北高の家庭科の授業内容は、消費者教育のイメージマップの中での「消費者市民社会の構築」の部分に多くあてはまります。高校生期にあたる内容はもちろん、成人期を見据えた内容を設定しており、消費者市民社会の形成に参画するにあたって重要な意思決定能力を養っています。消費者市民として、消費が持つ生産・流通・消費・廃棄が、環境・経済・社会に与える影響まで検討している部分に、注目すべき点があります。