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教材モデル展開事例
■学校名:消費者教育の担い手
■レポート日:平成28年1月20日
モデル授業例
「消費者市民を育む出前講座の方法について」
出前講座 講師:公益財団法人 消費者教育支援センター 総括主任研究員 柿野成美氏

沼津駅からすぐの立地にある「静岡県総合コンベンション施設 プラサ ヴェルデ」にて、消費者教育の担い手の方々を対象者に、「消費者市民を育む出前講座の方法について」と題し、柿野成美氏による90分間の講座を開催しました。
「消費者教育」というと、まだまだ認知度も低く、とっつきにくい印象があります。参加者が興味を惹きそうな題材の選び方、消費者市民を育むアプローチの方法など、実際に講座を受けた際の参加者の気分を味わいながら、柿野氏が講座を進めていきました。消費者教育の担い手である方はもちろん、これから消費者教育を学ばれる方にも参考になる情報が充実しています。日頃の活動の中へ取り入れてみてください。
なお、平成28年1月27日に、同様の講座を「クリエイト浜松」でも開催しました。
興味深いテーマを示し、参加者の関心を惹く
講座は、若い女性が描かれた一枚の絵について考えることから始まりました。その絵は、消費者教育を学んだスペインの高校生が「消費者の自由」をテーマに描いたもの。街で買い物をしている若い女性が、手にクレジットカードを持ち、両手両足は糸で吊られている絵です。柿野氏は参加者に「この絵は、見る人に何を伝えようとしているのでしょうか。近くに座っている人と話し合ってみましょう」と問い掛けます。
話し合いの後、参加者から意見を発表してもらい、解説を加えます。糸で吊られている女性には、「ステータス」「マーケティング」「流行」「広告」「社会的圧力」の文字が書かれており、クレジットカードを持たされた女性は、操り人形のように買い物をしているように見えます。
「私たち消費者は、本当に自由なのでしょうか? 消費者は、自由に買い物をしているつもりでも、本当は見えない糸に操られているのかもしれません。」
「買い物」は、私たちにとって日常的でごく当たり前の行動ですが、一度立ち止まって、消費者として批判的に物事を捉え、問題点を考えてみることも重要です。広告を批判的に見ていく。そういう考え方を養っていくことが、消費者教育において重要です。
- point「クリティカル・シンキング(=批判的思考)」
- 物事を多面的・客観的に捉え、論理的にじっくり考えること。(物事を何でも否定することではない。)
「クリティカル(Critical)」は、一般的には「批判的」と訳されます。「批判的」というと、「否定的」な意味合いで捉えがちですが、物事を否定することではないという点も重要です。
買い物(消費生活)において、「クリティカル・シンキング」を行うことで、よりより意思決定ができる能力を養うことができます。
「消費者市民社会」の意味を、説明できるようになろう
今回、消費者教育の担い手を対象に講座を開催しましたが、「消費者市民社会」という言葉を知っている人は参加者の半分ほどしかいませんでした。「近くの席の人に、『消費者市民社会』という言葉を説明できますか?」
柿野氏は実践的なアプローチを取り入れていきます。
- point「消費者市民社会」
- 消費者市民社会とは、消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会をいう。
(平成24年施行「消費者教育の推進に関する法律」第二条より)

「消費者市民社会」とは、「消費者教育の推進に関する法律」(通称「消費者教育推進法」)により定義されています。この中で、「自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して」の部分が重要です。
これらには、東日本大震災の被災者、障がいのある人、及び発展途上国の人々が作ったものなどを積極的に購入するといった「応援消費」をすること、寄付をすること、フェアトレードの商品を選択すること、「グリーンコンシューマー」として環境を考えた商品やサービスを選択することなどが挙げられます。
毎日の買い物のような身近なものから、「公正かつ持続可能な社会の形成」に積極的に参加していくよう促していくことが必要といいます。
- point「消費者市民」
- 消費者市民とは、倫理、社会、経済、環境面を考慮して選択を行う個人である。
消費者市民は、家族、国家、地球規模で思いやりと責任をもって行動を行うことで、公正で持続可能な発展の維持に貢献する。
「消費者市民」は、もともとヨーロッパから導入された言葉で、「Consumer Citizenship」を日本語で再定義されたもの。静岡県では、消費者教育を体系的に推進するため、重点領域ごと、ライフステージごとに消費者教育が一覧できる「静岡県版イメージマップ」を作成しています。消費者教育の講座を企画する際には、企画内容がイメージマップのどの部分に該当するかを意識することが大切です。
「消費者の権利と責任」について
消費者の権利については、1962年にアメリカのケネディ大統領が提唱した4つの権利がベースになっています。
- point「消費者の権利と責任(役割)」
-
○消費者の権利
(1)生活の基本的ニーズが保障される権利
(2)安全を求める権利
(3)知らされる権利
(4)選択する権利
(5)意見を反映させる権利
(6)補償を受ける権利
(7)消費者教育を受ける権利
(8)健全な環境を享受する権利○消費者の責任(役割)
(1)批判的な意識を持つ責任
(2)主張し行動する責任
(3)社会的弱者への配慮をする責任
(4)環境への配慮をする責任
(5)連帯する責任
今回は、「消費者の責任(役割)」の部分について簡単に解説をしました。
「批判的な意識を持つ責任」や「主張し行動する責任」では、「この商品、安すぎるのでは? 何かおかしいのでは?」と思ったとき、「自ら考えて行動する」というのが非常に重要です。
また、「社会的弱者への配慮をする責任」では、国内で困っている人、被災地の人、障がいのある人への雇用を積極的に行っている企業を応援するといったことが考えられます。
「環境への配慮をする責任」では、環境のことを考えた消費行動をとるとよいといいます。(環境を考えた商品やサービスを選択する消費者を「グリーンコンシューマー」といいます)
「連帯する責任」では、一人ひとりの力は弱いけれども、みんなで力を合わせて行動していくことが重要です。
消費者教育の担い手のための「消費者市民」を育むアプローチ
消費者教育の講座を開催するにあたり、アプローチの手法を解説しました。
- point「消費者市民」を育むアプローチ
-
●アプローチ1:これまでの講座の中に、消費者市民の考え方を取り入れる。
●アプローチ2:消費者市民を育む新たな題材を取り入れる。
●アプローチ3:消費者市民社会を考える教材を活用する。
アプローチ1:これまでの講座の中に、消費者市民の考え方を取り入れる
■題材「消費者トラブルの被害防止。消費者被害に遭わないように気をつけよう。」
「消費者教育を行う際、どのような工夫を加えれば消費者市民を育むことになるのでしょうか。周囲の人と話し合ってみてください。」
しばらく話し合った後、参加者からは、「自分だけではなく、他の人の被害がなくなるよう指摘していくことが大事」などといった意見が出てきました。消費者被害に遭った際、そのままにしておくのではなく、周りに伝えていくことが重要です。
一つの例として、独立行政法人国民生活センターによる「第39回国民生活動向調査」の結果グラフをプロジェクターに映し出しました。商品・サービスに対する不満・被害あった20代が、どのような対応をとったかという調査結果が示し出されています。
「どこにも相談しなかった」というのが45.0%と最も多く、「友人・知人に相談した」22.9%、「家族に相談した」22.1%、「販売店やセールスマンに伝えた」18.3%、「メーカーに直接伝えた」15.3%、「消費生活センターなど行政の窓口に相談した」1.5%、「その他のところに相談した」1.5%、「消費者団体に相談した」0.8%と続きます。消費生活センターなどの消費者団体では、相談の統計をとっているため、相談の傾向がわかり、各企業へ働きかけていくことができます。消費者市民になるためには、こういった消費者としての責任を果たしていくことが重要です。
次に、埼玉県の高等学校の公民科など行なわれている取り組みを紹介しました。生徒自身が、雑誌やインターネットなどの各種広告媒体に掲載されている不当表示の調査を行っているそうです。生徒の調べた結果を元に、埼玉県消費生活課が景品表示法違反の疑いがある事業者に対し、事業者処分・指導を実施しているそうです。(http://www.pref.saitama.lg.jp/a0310/jigyousyasido/keihyouhou.html)
こういった実践的な手法を講座の中に取り入れることは、消費者市民を育むのに効果的です。
柿野氏は、講座のレジュメの空欄に書く内容として、消費者市民を育む消費者教育の重要なメッセージである「私たちの行動が未来を作る」を提示しました。
- point「私たちの行動が未来を作る」
- 〜消費者市民を育む消費者教育の重要なメッセージ〜
消費者としての実践的能力を高めるために、教育手法の工夫を行うことが必要です。消費者教育では、以前から導入されていましたが、最近の学習指導要領でも、児童・生徒が能動的な参加を促す手法である「アクティブ・ラーニング」を導入する取り組みが広がってきています。
アプローチ2:消費者市民を育む新たな題材を取り入れる
■題材「あなたの洋服はどこから来ている?」
「みなさんの服は、どこの国で製造されたものですか? 洋服のタグを見て、製造国を確認してみてください。」
人件費が安い「中国製」などの外国製という声があがり、日本製はあまりありませんでした。
次に、一枚の写真をプロジェクターに映し出しました。それは、瓦礫の中で人々が立ち尽くしている写真。「この写真を見たことがありますか? 何が起こったかわかりますか?」と参加者に問いかけ、意見を引き出していきます。
これは、2013年4月に起きたバングラデシュの首都ダッカで起きたビル崩落事故の様子。従業員約3,000名が生き埋めになるという大惨事でしたが、日本ではあまり報道されませんでした。このビルには、ファストファッションの縫製工場などが入っていましたが、ビルの安全配慮がなされておらず、大手メーカーの厳しい納期に間に合わせるために労働を強制されていました。
このビル崩落事故は、ヨーロッパでは大々的に報道され、ローマ法王も「犠牲者の労働状況は、まるで奴隷労働だ。不公正な給与や、飽くなき利益追求は神に反する」と非難したそうです。
2015年〜2016年にかけて順次各地で公開されている映画「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償」では、このビル崩落事故を題材にあげ、華やかなファッション業界の裏側について取り上げています。この作品を観てみると、さまざまなことを考えるよい機会になるかもしれません。
- point
- 「企業のサプライチェーン(=供給連鎖)に対するルール作りと、消費者選択の重要性が一層増している」
「消費者には知る権利がある。情報開示を求めていく消費者情報の重要性」
今、「エシカル(=倫理的)」が求められる時代になってきています。
・労働者の人権に配慮した商品なのか。(倫理的にどうなのか、児童労働、強制労働などは行われていないか)
・紛争に加担するような商品ではないか。(携帯電話のレアメタルやダイヤモンド)
・地球環境に配慮した商品なのか。
「ブラック企業」、「ブラックバイト」など、今、日本でも労働者の人権について社会問題化されています。また、紛争鉱物であるダイヤモンドには、今、“紛争に加担していないダイヤモンド”というものもあります。こういった商品を選択し、記念日にプレゼントするというのもよいかもしれません。企業活動は、材料の調達から製造、販売まで、鎖のように繋がっています。(これを「サプライチェーン」といいます。)商品を作っている人は、本当に幸せなのか。私たち消費者は、その商品が生産され、流通する過程(サプライチェーン)における労働環境のことを知る権利もあります。
私たち消費者は、自分たちの消費行動が未来を作っているということを自覚し、必要に応じてしっかりと声をあげていくことが重要だといいます。雑誌「Ethical Consumer」は、消費者情報が記載され、消費者をガイドしてくれる雑誌です。
アプローチ3:消費者市民社会を考える教材を活用する
■題材「DVD教材『知り・考える消費者市民社会』を活用する」
静岡県は、平成27年度に作成したDVD教材「知り・考える消費者市民社会」を作成しています。今回の参加者の中にも、このDVDを観た方が何人かいらっしゃったようです。
消費者教育に使うことができる映像資料はいろいろありますが、このDVDは、全体を体系的に網羅しているので、次のように活用すると効果的です。
- point「DVDの効果的な活用方法」
- (1)講師による「問い」(発問)
(2)生徒に考える時間を与える
(3)DVDによる解説
(4)補足説明を講師から行う
映像を見る前に、どういうな投げかけをしたらよいでしょうか。参加者からは、「チョコレートをどういう基準で買っているか」「チョコレートはどういう生産現場で作っていると思うか」といった投げかけをしたらよいのではないかという意見が出てきました。
「私はできるだけ実物を出して見てもらうようにしています。フェアトレードのチョコレート、本物と偽物のブランドバック、本物と偽物のDVDなど、比べられる実物を講座に持っていきます。」
ここで、DVD教材「知り・考える消費者市民社会」の3章「大きな力を持つ消費者の選択」の前半部分を流します。
3章「大きな力を持つ消費者の選択」では、チョコレートの原料であるカカオ豆の生産者は、先進国の買い叩きにより、労働量に見合った対価をもらえず、不安定な生活を送っていたり、児童労働を強いているといったことが紹介されています。また、「国際フェアトレード認証ラベル」(=適正な基準で取引が行なわれていることが証明されているラベル)についても紹介しています。こういったマークがついた商品を進んで消費することで、生産者や労働者の生活を支えることも、消費者としてよりよい選択だと伝えています。
ここでチョコレートの事例を取り上げました。「98円で売られているよく知られたチョコレートと、118円で売られている『国際フェアトレード認証ラベル』がついたチョコレート、みなさんはどちらを買いますか?」実は、今回の事例、どちらを選んだとしても、考えて選んだのであれば、よりよい選択だと言えるそうです。表のパッケージに「国際フェアトレード認証ラベル」がついたチョコレートを選択するのは、消費者教育において分かりやすい選択ですが、実は98円のチョコレートの方も、裏のパッケージに「売上の一部を寄付しています」と書かれているそうです。寄付を選ぶか、フェアトレードを選ぶか。自分の選択が、社会に与える影響を考えるよい機会になります。
DVD教材「知り・考える消費者市民社会」には、付属の実習ノートがついており、「生徒に考える時間を与える」のに効果的です。たとえば、実習ノートの実習2では、「『個人』と『社会』それぞれの視点で消費行動を考える」と題し、本物と偽物のDVDを買った際、個人・社会、それぞれの視点での長所・短所を記入していくワークがあります。この実習を行ったあと、DVD教材「知り・考える消費者市民社会」の2章「消費の社会的意味」の視聴を行い、それに講師からの補足説明を行うのも効果的です。
なお、この内容は、平成23年3月に、中学校でモデル授業を開催しています。(http://www.shizuoka-shohi.jp/case/material/)を参考になさってください。