消費者教育の事例紹介

教材モデル展開事例

■学校名:常葉大学教育学部生涯学習学科4年生(成人期、特に若者を対象)
■レポート日:平成28年1月20日

モデル授業例

「消費者市民を育む消費者教育の進め方」

出前講座 講師:公益財団法人 消費者教育支援センター 総括主任研究員 柿野成美氏

常葉大学教育学部生涯学習学科では、子どもから高齢者までの生涯学習や、生涯スポーツを支援・推進するための指導力・企画力・運営能力・コーディネート能力を身につけ、公務員・幼稚園・小中学校・高校の教員・企業人として活躍できる人材を育成しています。
今回は、常葉大学教育学部・星野洋美教授にご協力いただき、卒業を控えた生涯学習学科の学生を対象に、「消費者市民を育む消費者教育の進め方」と題し、柿野成美氏による40分間の出前講座を開催いただきました。
消費者市民を育む消費者教育の実践にあたり、消費者市民社会の考え方や、静岡県が平成27年度に作成したDVD教材「知り・考える消費者市民社会」の活用方法など、参考になるヒントがたくさん詰まっています。ぜひ参考になさってください。

興味深いテーマを示し、参加者の関心を惹く

講座は、若い女性が描かれた一枚の絵について考えることから始まりました。その絵は、消費者教育を学んだスペインの高校生が「消費者の自由」をテーマに描いたもの。街で買い物をしている若い女性が、手にクレジットカードを持ち、両手両足は糸で吊られている絵です。柿野氏は学生に「この絵は、見る人に何を伝えようとしているのでしょうか。近くに座っている人と話し合ってみましょう」と問い掛けます。 話し合いの後、学生から意見を発表してもらい、柿野氏が解説を加えます。糸で吊られている女性には、「ステータス」「マーケティング」「流行」「広告」「社会的圧力」の文字が書かれており、クレジットカードを持たされた女性は、操り人形のように買い物をしているように見えます。 「私たち消費者は、本当に自由なのでしょうか? 消費者は、自由に買い物をしているつもりでも、本当は見えない糸に操られているのかもしれません。」 「買い物」は、私たちにとって日常的でごく当たり前の行動ですが、一度立ち止まって、消費者として物事を批判的に捉え、問題点を考えてみることも重要です。 「消費者教育」というと、一見、とっつきにくい印象がありますが、このように、興味深い事例を冒頭に配し、学生同士で話し合うことで、講座内容に抵抗なく入りこむことができます。

point「クリティカル・シンキング(=批判的思考)」
物事を多面的・客観的に捉え、論理的にじっくり考えること。(物事を何でも否定することではない。)

「クリティカル(Critical)」は、一般的には「批判的」と訳されます。「批判的」というと、「否定的」な意味合いで捉えがちですが、物事を否定することではないという点も重要です。
買い物(消費行動)において、「クリティカル・シンキング」を行うことで、よりより意思決定ができる能力を養うことができます。

必ず覚えてほしい消費者教育のキーワード
point「消費者市民社会」
消費者市民社会とは、消費者が、個々の消費者の特性及び消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会をいう。
(平成24年施行「消費者教育の推進に関する法律」第二条より)

「消費者市民社会」とは、「消費者教育の推進に関する法律」(通称「消費者教育推進法」)により定義されています。

point「消費者市民」
消費者市民とは、倫理、社会、経済、環境面を考慮して選択を行う個人である。
消費者市民は、家族、国家、地球規模で思いやりと責任をもって行動を行うことで、公正で持続可能な発展の維持に貢献する。

「消費者市民」は、もともとヨーロッパから導入された言葉で、「Consumer Citizenship」を日本語で再定義されたもの。
「堅苦しい内容ですが、簡単に言うと、『現在・将来において、国内外の社会経済情勢や地球環境のことも考えて買い物をしましょう』ということです」と内容を簡単に解説しました。

「消費者の権利と責任」

現在の中学・高校の学習指導要領には、家庭科で学ぶ内容として『消費者の権利と責任』が盛り込まれています。『消費者の権利と責任』について、改めて確認していきます。

point「消費者の権利と責任(役割)」
○消費者の権利
(1)生活の基本的ニーズが保障される権利
(2)安全を求める権利
(3)知らされる権利
(4)選択する権利
(5)意見を反映させる権利
(6)補償を受ける権利
(7)消費者教育を受ける権利
(8)健全な環境を享受する権利
○消費者の責任(役割)
(1)批判的な意識を持つ責任
(2)主張し行動する責任
(3)社会的弱者への配慮をする責任
(4)環境への配慮をする責任
(5)連帯する責任

「批判的な意識を持つ責任」や「主張し行動する責任」では、「この商品、安すぎるのでは? 何かおかしいのでは?」と思ったとき、「自ら考えて行動する」というのが非常に重要です。
また、「社会的弱者への配慮をする責任」では、東日本大震災の被災者や、障がいのある人、発展途上国の人々が作ったものを積極的に購入するといった「応援消費」も含まれます。
「環境への配慮をする責任」では、環境のことを考えた消費行動をとるとよいといいます。(環境を考えた商品やサービスを選択する消費者を「グリーンコンシューマー」といいます)
「連帯する責任」では、インターネット社会になった現代において、SNSなどをはじめとするインターネットを通じて、消費者がまとまりやすくなっていることが解説されています。この辺りの部分も、消費者としての行動を考えるにおいて、重要な要素となります。

バングラデシュのビル崩壊事故とファストファッション

「みなさんの服は、どこの国で製造されたものですか? 洋服のタグを見て、製造国を確認してみてください。」
学生の多くが「中国製」をあげ、他に「インドネシア製」「ミャンマー製」などがあがり、「日本製」の人はいませんでした。
次に柿野氏は、一枚の写真をプロジェクターに映し出しました。それは、瓦礫の中で人々が立ち尽くしている写真。「この写真を見たことがありますか? 何が起こったかわかりますか?」と学生に問いかけ、意見を引き出していきます。
これは、2013年4月に起きたバングラデシュの首都ダッカで起きたビル崩落事故の様子。従業員約3,000名が生き埋めになるという大惨事でしたが、日本ではあまり報道されませんでした。このビルには、ファストファッションの縫製工場などが入っていましたが、ビルの安全配慮がなされておらず、大手メーカーの厳しい納期に間に合わせるために過酷な労働を強制されていました。

このビル崩落事故は、ヨーロッパでは大々的に報道され、ローマ法王も「犠牲者の労働状況は、まるで奴隷労働だ。不公正な給与や、飽くなき利益追求は神に反する」と非難したそうです。
2015年〜2016年にかけて順次各地で公開されている映画「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償」では、このビル崩落事故を題材にあげ、華やかなファッション業界の裏側について取り上げています。この作品を観てみると、さまざまなことを考えるよい機会になるかもしれません。
「このビル崩落事故にまつわる話は、ぜひ周囲の人に話してみてください。ぜひ洋服の裏側を知って、私たち消費者は何を意識しなければならないかを考えてみてください」と学生に呼び掛けました。

消費者教育のメッセージ「私たちの行動が未来を作る」
point
「企業のサプライチェーン(=供給連鎖)に対するルール作りと、消費者選択の重要性が一層増している」 「消費者には知る権利がある。情報開示を求めていく消費者情報の重要性」

今、「エシカル(=倫理的)」が求められる時代になってきています。
・労働者の人権に配慮した商品なのか。(児童労働、強制労働など)
・紛争に加担するような商品ではないか。(携帯電話のレアメタル)
・地球環境に配慮した商品なのか。
「ブラック企業」、「ブラックバイト」など、今、日本でも労働者の人権が社会問題になっています。企業活動は、材料の調達から製造、販売まで、鎖のように繋がっています。これを「サプライチェーン」といいます。「サプライチェーン」の各段階において、「エシカル」な配慮や対応をするためのルール作りが、重要となってきています。私たち消費者は、自分たちの消費行動が未来を作っているということを自覚し、必要に応じてしっかりと声をあげていくことが重要です。
柿野氏は、講座のレジュメの空欄に書く内容として、消費者市民を育む消費者教育の重要なメッセージである「私たちの行動が未来を作る」を提示しました。

point「私たちの行動が未来を作る」
〜消費者市民を育む消費者教育の重要なメッセージ〜

私たちが行った消費行動が影響を及ぼすのは、ずっと先のことかもしれません。しかし、今から変えていかないと、未来が変わってしまいます。「自分たちが未来を作っていく」という気持ちがとても重要なのです。

チョコレートの事例で、消費者の選択について検討する

「98円で売られているよく知られたチョコレートと、118円で売られている『国際フェアトレード認証ラベル』がついたチョコレート、みなさんはどちらを買いますか?」。多くの学生は、98円のチョコレートを買うという方に手を挙げました。理由としては、「安いから」「よく知っているチョコレートだから」。学生の中で「国際フェアトレード認証ラベル」を知っている人は、2〜3人しかいませんでした。
「以前訪れたイギリスでは、スーパーで売られているチョコレートのほとんどに『国際フェアトレード認証ラベル』がついていました。それほどイギリスの人々は、フェアトレードを意識しています」。

ここで柿野氏は、静岡県が平成27年度に作成したDVD教材「知り・考える消費者市民社会」の3章「大きな力を持つ消費者の選択」の前半部分を流しました。
3章「大きな力を持つ消費者の選択」では、チョコレートの原料であるカカオ豆の生産者は、先進国の買い叩きにより、労働量に見合った対価をもらえず、不安定な生活を送っていたり、児童労働を強いているといったことが紹介されています。また、「国際フェアトレード認証ラベル」(=適正な基準で取引が行なわれていることを証明するラベル)についても紹介しています。こういったマークがついた商品を進んで消費することで、生産者や労働者の生活を支えることも、消費者としてよりよい選択だと伝えています。

最後に提示したのは、柿野氏自身が大学生のときに経験した事例です。
「大学生のとき、コンビニエンスストアで惣菜を買った際、喉に何かがつまり、苦しい思いをしました。あとで中身を確認したところ、その惣菜には、大きな卵の殻が入っていました。大手コンビニエンスストアに宛てて手紙を書いたところ、後日、返信が届き、“あなたのおかげで、製造ラインを見直すことができました。これまでは、直接卵を材料に割り入れていましたが、今後は、卵の殻が入らないように、一度別の容器に卵を割り入れ、必ず目視で確認し、それから混ぜることにしました。”と書かれていました。大学生でもきちんと意見を伝えれば、大きな企業を動かすことができると実感しました。消費者には、権利があります。もうすぐ社会人になる大学生のみなさんに、ぜひこの経験をお伝えしたいと思いました」と話し、講座を締めくくりました。